【親御さん必見!】アメリカに4年でもダメ!?「帰国子女」の私が“英語が話せない”理由を考えてみた。

【親御さん必見!】アメリカに4年でもダメ!?「帰国子女」の私が“英語が話せない”理由を考えてみた。

「帰国子女」であっても、英語が話せなくなっている人もいます。

私はアメリカにしっかり4年も住んでいたのに、大人になった今英語が話せるわけではありません。

すみません、皆さんの「帰国子女」への期待を裏切ってしまっています。

英語が話せなくなっている、その理由について考えてみました。

これから「海外赴任」や「留学」を控えている方の参考にしてもらいたいです。

経緯状況説明

父の仕事のため、2歳から小学校入学直前までの4年間、アメリカの田舎に暮らしていました。

現地では、同じ会社の日本人が何ファミリーか暮らしていて、コミュニティーになっていました。

私は、完全に英語のみの幼稚園へ通っていました。

その他土日に「日本語学校」に通うことが一般的だと思いますが、幼稚園ということで通っていませんでした。

家では、家族と日本語での生活でした。テレビはアメリカの教育番組を見ていました。

習い事なども現地で英語で習っていました。

当時の英語力

父曰く、私は移住して1年ぐらいしたある日、突然英語をしゃべりだしたそうです。

その頃のことは、さすがに幼すぎて自分では覚えていません。

実は、アメリカで暮らしていたときは、英語が喋れていました。

脳内で日本語に置き換えることなく、英語で考えて英語で話すということが、出来ていました。

また両親より発音がネイティブでしたので、街で店員さんに伝わらないことがあると、私が代わりに発音して伝えていました。

先生や友達とも英語でのやり取りをしていました。

とはいえ、幼稚園生レベルの英語が出来ていたに過ぎません。

またもちろん英語よりも日本語の方が理解できていたと思います。

帰国後からの英語力

帰国後は、普通に田舎の公立小学校に入学しました。

ネイティブの先生がいるグループタイプの英会話に通っていましたが、1年ほどで自分から辞めたいと言ってやめました。

小3までは、「帰国子女」であることに幼いながらアイデンティティに感じていましたが、その頃ネイティブな発音を馬鹿にされる出来事があり、本気で発音すると馬鹿にされるということを理解しました。

また徐々に「帰国子女」であることは、オープンにしなくなりました。

中学になって初めて英語を読み書きを中心として学ぶようになり、私の中では、かなり混乱しました。

いくらでも会話文に正解が一つしかないことや、わざわざ難しく考えさせている理論的な教え方もあり、英語の授業は初めから楽しくなかったです。

高校になると逆に英語は嫌いだと思うぐらいにまでなっていました。

大学になると、発音が衰えてきていることに気づき、ひとりでひたすら発音することで練習し、戻していきました。

では、どうすれば英語力が維持できたのか?

ここからは私の場合、何が原因で帰国子女の体験が英語力に繋がらなかったのか、ポイントを挙げながら考えてみました。

ポイント①滞在時期

一つ目は、滞在期間です。

私は幼児期に滞在していましたので、もちろん利点もあったと思います。

しかし一方で英語力だけを考えるなら、同じ4年を過ごすなら、もう少し大きくなってからの方が良かったと思います。

帰国後、周りに帰国子女が何人もいる環境でしたが、小学校高学年~中学に行っていた友達たちは4人ともTOEICで900点台を取れるほどの英語力があり、大学受験でも英語を強みに合格していました。

ですので、滞在時期というのは一つ重要かと思います。

会社都合などもありますし、自分で決められることではないかもしれませんが、小学校高学年から中学校ぐらいにいけると、将来に生かせると思います。

ただ海外に行くときも帰ってくるときも、転校生となりますので、馴染むための努力が必要ですし、勉強の方も本格的になっていますので、日本の勉強も併せてやらないといけないので、そういう負担はあると思います。

ポイント②帰国後の英語力持続方法

帰国後何もしないと、私のように忘れて行ってしまうこともあると思います。

ネイティブの人と自由に話せる機会が継続的にあれば、いいように感じます。

特に大人ではなく歳の近いネイティブの子と話せるといいのではないかなと思います。

今はリモートでネイティブと会話できたり、英語だけで行うサマースクールだったりと、昔より選択肢があると思います。

もしかしたら私もですが、帰国子女には「英会話」のような教室に違和感があるかもしれませんので、英語で友達と話せる場所があると維持しやすいのではないでしょうか?

ポイント③英語への意識

英語を話せることが、どれくらい将来の世界を広げてくれることなのか、という意識はその当時なかったです。

英語が喋れることがいいことで放っておくと衰えるので続けた方がいい、というのが小学生ながらもわかっていれば、少しは違ったのかなと思います。

中学になって英語が授業になって、出来ると勘違いしていて、出来ない自分にがっかりしたという気持ちもありました。

幼稚園の子が自然に聞いて覚えてきた英語は、日本の学校で習う順序ではないので、わかることわからないことが交互に出てくるような感覚でした。

むしろやさぐれた気持ちや拒否感があり積極的に勉強しようと思えなくなってしまったのも、得意と思えなくなっていった原因だと思います。

私の時代は、英語の授業では発音よくするとクラスのみんなに馬鹿にされるような風潮がありました。

そうではなく逆に、話せることを自信を変えれるような体験があれば、少し違ったかなとも思います。

また、言語を習うのが得意不得意があると思いますが、私は得意な方ではないのだとも思います。

英語に対して積極的に学ぶ気持ちがあれば、良かったんだと思います。

まとめ

いかがでしょうか?私の英語との半生を参考にしていただいて、皆さんには英語が喋れる未来が来るといいなと思います。

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